【事例解説#1】Ziplocがファッション業界に進出して成功した話(アメリカ、2020年)

新しい市場に進出することは、どんなブランドにとっても簡単なことではありません。特に、すでに別の分野で確立されたブランドにとって、その難易度はさらに高くなります。
たとえば、Ziploc。日本と同様、アメリカでも「食品保存袋」といえばZiplocというくらい、台所用品の定番ブランドです。そんなZiplocが挑戦したのは、約44億ドル規模の「食品以外の収納市場」でした。
しかしながら、新商品を出すだけでは、新市場で成功することはできません。Ziplocは、ブランドのイメージそのものを変える必要があったのです。

イシュー:「台所用品」のブランドイメージをどう変えるか

消費者にとって、Ziplocは「台所で使う便利なもの」というイメージしかなく、ファッションとはまったく関係のないブランドでした。
そこでZiplocは、日常使いできるスタイリッシュな収納バッグ(Ziploc Accessory Bags)を新たに開発。この新商品を従来のような単なる「収納袋」としてではなく、おしゃれなファッションアイテムとして定着させたいと考えたのです。
しかしながら、本当に解決すべきは、新商品の開発ではありませんでした。
ファッション業界における実績や信頼が全くないブランドが、どうやって消費者の認識を変え、競争の激しい見た目重視の市場で勝ち抜いていくのか?
ー これこそが、Ziplocの真のイシューだったのです。

バッグの中は「ぐちゃぐちゃ」というインサイトに注目

Ziplocがファッション業界参入にあたりターゲットにしたのは、25歳から44歳までのおしゃれに敏感な女性たちでした。
「台所用品ブランド」というイメージを払拭すべく、Ziplocは彼女たちのライフスタイルを徹底的に調査。そこで、ある意外な発見をしたのです。
それは、多くの女性は外見に気を使う一方で、バッグの中はぐちゃぐちゃであるという事実でした。
ある調査によると、アメリカの女性は、平均してバッグに67個(!)のアイテムを入れており、人生の中で76日間もバッグの中にあるものを探しているというぐらい、バッグの中はひどい有様でした。
この洞察により、Ziplocは「バッグの中がぐちゃぐちゃ問題」を解決することでファッションの領域でも通用する収納アイテムを提案できる、と確信を得たのです。
そして、
おしゃれは外見だけでなく、バッグの中身も重要だ
という、ファッション業界向けの新しいブランドメッセージが生まれました。

ファッション業界参入の大胆な戦略

しかし、Ziplocは、従来の広告だけでファッション業界への参入を成功させるのは難しい、という厳しい現実を理解していました。
そこで、その突破口として、Ziplocは、著名デザイナーのクリスチャン・シリアーノとコラボできないか、と考えたのです
シリアーノは、2020年のニューヨーク・ファッションウィーク(NYFW)に初参入する新進気鋭のファッションデザイナーでした。姉と母と仲の良い彼は、女性が抱える「バッグの中がぐちゃぐちゃ問題」に共感し、Ziplocとのコラボを快諾してくれました。
Ziplocのユニークな洞察に刺激を受けたシリアーノは、女性のバッグの”中身”で装飾した、おしゃれな特注バッグ(Clutter Couture Bag*)を制作することを思いつきますそして、完成したバッグをNYFWのランウェイでお披露目することにしたのです。 (*: Clutterは「ぐちゃぐちゃ」、Coutureは「仕立て」「縫製」という意味。ぐちゃぐちゃなバッグの中身で仕立て上げられたバッグ、という意味)
このアイデアはその後、Ziplocのファッション業界参入戦略の中核をなすことになります。その戦略とは、
ファッションの祭典を活用して、Clutter Couture Bagで「バッグの中がぐちゃぐちゃ問題」を提起。その解決策としてZiploc Accessory Bagsを提示することで、新規参入する市場で一気に確固たる地位を確立する
という大胆かつクレバーなアプローチでした。

話題化を狙った巧みなキャンペーン設計

Ziplocは、戦略が”絵に描いた餅”にならぬよう、シリアーノとのコラボを中核に据えながら、次のような巧みなコミュニケーション施策を展開しました。
  • 興味をそそるランウェイでのさりげない露出: クリスチャン・シリアーノは、彼の友人でもある女優レイチェル・ビルソンにClutter Couture Bagを持たせ、NYFWのランウェイの最前列に座らせました。すると、今まで見たことのない個性的なバッグに、「あれは何だ?」とメディアやSNSで話題が沸騰。その後の施策展開に弾みをつけました。
  • Instagramでの制作裏話の公開: NYFWの興奮が冷めやらぬ中、シリアーノがInstagramで特注バッグのデザイン・制作過程をシェア。ランウェイで注目されたバッグが、Ziplocと組んで「バッグの中がぐちゃぐちゃ問題」を解決するために制作したものであると明かされると、ファッション好きな彼のフォロワーたちが起点となってバズが発生。広く女性の間で共感の輪が一気に広がりました。
  • ファッションメディアの記事による話題の増幅: さらに、NYFWやシリアーノとのコラボ動画がきっかけとなり、E! NewsやInStyleなどのファッション系メディアがこぞってClutter Couture BagやZiploc Accessory Bagsを特集。おしゃれと機能性を融合させたキャンペーンとして高く評価されるなど、一気にファッション業界の話題の中心になったのです。
  • チャリティオークションによる社会的な認知の拡大: レイチェル・ビルソンがNYFWのランウェイで手にしていたClutter Couture Bagはその後、オークションに出され、その収益が女性支援団体Bottomless Closetに寄付されることで、「バッグの中がぐちゃぐちゃ問題」の社会的認知を高めることに成功しました。

14億を超えるインプレッションを獲得

これら緻密に計算されたキャンペーンの結果は、目を見張るものでした。
  • 14億件以上のメディアインプレッションを獲得
  • Ziploc Accessory Bagsのオーガニック検索が186%増加
  • キャンペーン期間中、Ziploc Accessory Bagsの売上が毎週14〜15%増加
Ziplocがターゲットの女性たちから「台所用品ブランド」と認識されていたことを考えると、非常に上出来な結果だと言えるでしょう。

Ziplocの戦略から何が学べるのか?

さて、この事例から私たちが学べることは何でしょうか?
もしあなたのブランドが新しい市場に参入したい、ブランドをポジショニングし直したい、と考えているなら、Ziplocの以下の3つのアプローチが参考になるのではないでしょうか。
  • 未充足の隠れたニーズを探る: 消費者が日常的に抱えているが、まだ気づかれていない課題がないか、探してみましょう。Ziplocは、ファッショナブルな女性たちが抱える「バッグの中のぐちゃぐちゃ」という潜在的な悩みに着目、世の中に問題提起をすることで市場参入の突破口を開きました。
  • 信頼できるインサイダーを見つける: ブランドと新規参入する市場との関連性を強化するためには、当該領域において影響力のある人物や自社と直接競合しないブランドとのコラボが非常に効果的です。Ziplocはファッションデザイナーのクリスチャン・シリアーノとコラボすることで、「台所用品ブランド」というイメージの刷新に効果的な戦略とアクションを思いつくことができました。
  • 新しい変化の象徴を創り出す: 新しい市場に参入する際、単に商品を売るだけではなく、ブランドの新たな方向性を象徴するシンボルを創り出しましょう。Ziplocの「Clutter Couture Bag」は、そのシンボルとなり、バッグの中の乱雑さという問題をユーモアを交えて提示しながら、Ziploc Accessory Bagsを実用的な解決策として位置付け、ファッション業界での地位を確立しました。

90日間アクションプラン

では、仮にあなたがZiplocの教訓を実際に行動に移すとしたら、何をすべきでしょうか。
以下の90日間のアクションプランを参考に、Ziplocのような大胆かつクレバーな戦略が取れないか、考えてみましょう。
  • 1〜30日目: 顧客インタビューによる隠れた問題の発掘
    • あなたの製品やサービスが解決できる隠れた問題を見つけましょう。
    • 顧客にインタビューして、普段見逃されている悩みや競合がアプローチできていない課題がないか、探してみましょう。
  • 31〜60日目: 信頼できるインサイダーの探索と協力依頼
    • 信頼できるインサイダーやコラボ相手を見つけ、新しい業界における影響力と権威性を高められないか検討してみましょう。
    • ブランドのビジョンに共感してくれるパートナーを見つけて協力を依頼するのがポイントです。
  • 61〜90日目: クリエイティブシンボルの開発、キャンペーンの設計
    • ブランドが新しい市場に参入する際、その象徴となるシンボルを作り出し、解決するべき課題を視覚的に魅力的な形で表現しましょう。
    • そして、Ziplocのように、そのシンボルを中心に据え、戦略的かつ重層的にキャンペーンを展開することが成功のカギです。

さいごに

いかがでしたでしょうか?
一見全く関係のない業界でも、戦略次第でうまく参入することができる ー そんなことを私たちに教えてくれる事例だったのではないでしょうか。
Penguin Tokyoは、このような世界のマーケティング事例を日夜研究。そこで得られた戦略策定の教訓を踏まえ、日本のブランドが世界で戦い勝っていくための戦略づくりを支援しています。
もしご担当のブランドの成長戦略が描けていないというお悩みをお持ちでしたら、お気軽にLinkedInのDMやPenguin TokyoのWebサイトからご連絡ください。
それではまた次回の事例解説をお楽しみに!
関根